紅の豚次郎「真砂女」の俳句旅

俳人鈴木真砂女の「銀座に生きる」をたずねて

海の向こうにハワイが見える ⑴

 「はたた神栄螺は蓋を閉ざしけり」 (昭和56年 真砂女)

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 はたた神を漢字で書くと、「霹靂神」となる。晴天の霹靂(へきれき)という言葉の霹靂という字である。

 はたたは、激しい雷鳴を意味する。そこら中、周囲を打ち鳴らすほどの凄まじい雷をいうようだ。

 真砂女さんが栄螺を詠んだ句として、何気なく探し出したが「いやこの『はたた神』とは、もしかしたらある人を指しているのではないか」と思い始めた。

 その人物とは、この「真砂女」の俳句旅で以前ご登場いただいた鈴木政夫氏である。現在生きていれば、95歳。千葉県鴨川市にある鴨川グランドホテルの創業者。燃えるような情熱の持ち主であった。

 栄螺さえも、その大音声、その気魄に触れれば、恐れおののき蓋を閉じてしまうだろうということを詠んだのではないか。

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 決して、単純に怖いということを言っているのではない。この人の、その人生にかけた情熱が、唯一無二のものだからであると考えるのだ。

 真砂女さんが「はたた神」と詠んだ鈴木政夫氏の生き様を知ることで、真砂女さんの人生の側面を眺めることが出来るかも知れない。 

 最後にもう一句、栄螺が真砂女さんの気持ちを詠っている。

 「望郷の栄螺貌出すそぞろ寒」 (昭和57年 真砂女)

 ※「顔」は、もと眉目の間をいい、また目つきなどをいう。

  「面」は、顔前のこと。おもてがお。

  「貌」は、かおかたち。容貌。うわべ、みえ、表面なども。

真砂女さんの食べ物の句      (サザエの巻1)

 2017年にブログを書き始めた。

 当初は、真砂女さんの俳句を分類していきたかったのに、仕事など忙しくしているうちにだいぶ脱線してしまいました。本当は、関係ないようなところは「豚次郎の隅っこ日記」に引っ越しするべきなのでしょうが、難しそうなので、この流れでやって行くことにします。そのうち整備することもできるでしょう。

 さて、真砂女さんの俳句と言えば、食べ物にまつわる句が取っ掛かりやすいのではないでしょうか。そこで集めてみることにしました。

 まず初めに、海の食べ物に関係する句などはいかがでしょう。

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 この写真は、残念ながら(?)安房鴨川のものではありません。神奈川県の葉山を過ぎ横須賀方面に向かう途中に秋谷海岸があって、ヨットハーバーで有名な佐島があって、佐島に入らずにそのまま国道を進むと浄楽寺というお寺さんがあります。その境内に至るお寺の駐車場で開かれている朝市の写真です。

 ※ちなみに浄楽寺には、近代郵便制度を整えた前島密のお墓があります。

 美味しそうなサザエやアワビや伊勢海老や烏賊など、いろいろ並べられています。ここには写ってませんが、アジの干物は小型ながら脂も乗ってとてもおいしい。

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 サザエの句と言えば、真砂女さんの句ではありませんが石田波郷という著名な俳人の作で

 「つぼやきやいの一番の隅の客」。  

 卯波の入り口を入ってすぐ左側の隅の席が、波郷のお好みの席。

 鴨川から便利屋さんで運ばれる鮮度抜群のサザエのつぼ焼きは、酒飲みには最高の肴。

 真砂女さんの句としては、 

  「栄螺の角天地をさして夏に入る」 (昭和44年夕蛍)

 サザエを詠んだ句はたくさんあると思ったが、なかなか出て来なかった。次回までにもう少し探し出せるといいのですが。

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バスを待つ間に

 「バスを待つこの道春に続く道」 (岩崎あや) 

 葉山から横須賀へ向かう海沿いの道、国道134号線。富士山も見え、楽しいドライブコースだ。長者ヶ崎や秋谷(あきや)の立石(たていし)など、海を満喫できる景勝地がある。

 葉山御用邸前から長者ヶ崎を過ぎると視界が広がり、右に海が大きく見えて来る。ある時横に座っていた妻が「ハート形のバス停があるよ」と言うので、指を差す方を見ると確かにハート形のバス停がある。

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 どうしてこのバス停だけ、こんなハート形なんだろう。近づくと、しかもただのハート形ではない。ワンピース姿の若い女性が海を向いて立っているように見えて来る。

 バス停の名前は「峯山(みねやま)」。    f:id:hk504:20210330163806j:plain

 束の間、彼女と二人でバスを待っているような気になる。

 青春時代の蠢(うごめ)きが、胸の内に湧いてくる。

 

 そういえば真砂女さんが亡くなったのは春頃だった。

 「如月のバスに潮の香真砂女逝く」 (國井みどり)

 そう、真砂女さんの命日は2003年(平成15年)3月14日だった。寒さの残る如月に追悼の気持ちが沸き上がったということか。

 秋の句ではあるが、バス停で詠んだのかと思わせる真砂女さんの句を見つけたのでご紹介しておきます。

 「いつも乗るバスの時間や秋の雲」  昭和35年真砂女)

 

 この峯山の次のバス停は「子産石」という。「こうめいし」と読むのだろうか。面白い名前で、何か言い伝えでもありそうだ。

 そのうちこの海岸沿いを歩いてみたくなった。

 

引き出しから出てきたものは

 「ふところに手紙かくして日向ぼこ」 (昭和30年鈴木真砂女     

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 実家の解体工事をすることにした。

 昭和40年に建てられた築56年の木造平屋の建物。住む人もいなくなり、床はべこべこになってしまった。

 庭には、鈴なりの実をつけた夏蜜柑の木がある。はじめは、窓の高さ位の木であったが、今は屋根の高さを越えている。この木は、残すことになった。

 「夏蜜柑いづこも遠く思はるる」  永田耕衣

 夏には木陰に隠れるように緑色の実をつけ始めているのが、11月になると黄色に色付きにぎやかな様子になるので、夏蜜柑は冬のものかと思ったら俳句では夏の季語になっている。味も12月下旬になると、えぐみが消えて美味しくなる。

 昨年の10月から片づけを始めた。

 何気なく手に取ったものをしばし眺めていると、記憶が蘇って来る。この食器はよく使っていたなとか、一番いけないのは本と写真だった。本をめくると、茶色く変色したページから古びた紙の匂いと共に、本を読んだ当時のことが思い出され感慨にふける。

 写真はさらにいけない。「あの頃の妹は、こんなに可愛かったんだ」

 アルバムをめくり出す。

 当時そんなことは露ほども思わなかったのに、今になって気がつくのかと悔やむ。

 

 妻の声がする。「これラブレターじゃないの?」

 少し慌てて、妻のところに行く。妻の手には、紙の色が変わった数通の手紙。

 恐る恐る、何でもないような顔をして手紙に書かれた名前を見る。

 ああ、あの子だ。確か高校から大学時代に「付き合っていた」子だ。付き合っていたと言っても、美術展に行くとか、食事をするとかせいぜいその程度のものだったと思う。

 文通もしていたようだ。手紙をやりとりしていたことが文面に書かれていた。

 一番ホッとしたのは、「君が好きだ」とか「恋している」とか、そのような類のことが書かれていないようだったこと。

 妻も私に声をかける前に少し読んだかもしれない。

 秋の頃書かれた彼女からの手紙に、草野心平の「秋の夜の会話」という詩が記されていた。

 「さむいね。

  ああさむいね。

  虫がないてるね。

  ああ虫がないてるね。

  もうすぐ土の中だね。

  土の中はいやだね。

  痩せたね。

  君もずいぶん痩せたね。

  どこがこんなに切ないんだろうね。

  腹だろうかね。

  腹とったら死ぬだろうね。

  死にたかあないね。

  さむいね。

  ああ虫がないてるね。」

 『読み終えた途端、心に何かが侵入した思いがしました。私の今の心境がこれに共鳴したのかもしれません。「さむいね」と言ったら「ああさむいね」と、「虫がないてるね」と言ったら「ああ虫がないてるね」と、言葉を吐いた瞬間に即応え返してくれる響きを求めているからかも知れません。詩を読み終えるや否やのうちにジーンと感じるものがありました』と、手紙に書いた彼女は今どうしているだろう。

 それにしても、ヒヤヒヤしたね~

 ヒヤヒヤしたね~

 思わず顔が熱くなったね~

 なったね~

 どこにいるかな~ 元気にしているといいな~

 

 

浮気の代償②

  「夫を捨て家捨てて鯵叩きけり」 (平成7年鈴木真砂女 

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 豆電球が灯る薄暗がりの部屋に、膝頭をそろえ三つ指をついた母が頭を下げしばらく動かなかった。私は、ぼんやりと母の膝を見ていた。母は泣いているようだった。

 何が起きているのか理解が出来なかった。ただただ、母が私に「ごめんね。」と、詫びている言葉を聞いていた。

 その夜、母は家を出て行った。

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 S君に「久しぶりにツーリングしないか」と声をかけられ、宮ケ瀬湖へバイクを走らせた。バイクの排気音を響かせながら新緑の中を走り抜けるのは爽快だった。

 湖を見晴らす公園のベンチに腰掛けながら、S君は話し始めた。

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 … その時私はどうしたのか全く記憶がない。5歳離れた妹がいたはずだが、彼女がどうしていたのかさえ思い出せずに30年以上私の胸の奥に仕舞い込まれている。

 私の母は不倫をして家を出て行った。相手は下宿人だった。

 私の小さな家に、大学に通う若い男が下宿人として入った。父は、職場で問題を起こし遠方に飛ばされ不在。家には、母と私と妹の3人だけ。

 そんな状況で、若くて美人の母と下宿人が出来上がってしまうことは、当然の成り行きではないか。

 ある夜、母の夕食の支度が進まず私は腹を空かせていた。母と下宿人は家の中の一室に籠ったまま出てこない。何をしているのだろうと、だんだん腹が立ってきた私は、電気釜に入っていた炊き立てのご飯を釜から搔き出し台所中にぶちまけた。

 皿や茶碗までそこら中に投げつけると自分の部屋に戻りベッドの中にもぐりこんだ。すると、物音でようやく部屋から出てきた下宿人が台所の様子を見て、「わー何をやったんだ。」と大声を上げた。 

 下宿人は私の部屋に来ると、「お前、何やったんだ!」と私の布団を引っ掴んではがそうとした。私は必死に抵抗し、もみくちゃになりかけたところで、母の「もうやめて!」という悲鳴で、彼は私の部屋から出て行った。 …

 もう遠い昔の話しのはずが、つい最近起こったことのようでもある。S君は誰にも話さず、一人でじっと心に抱えたまま今まで生きてきた。        

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 「とほのくは愛のみならず夕蛍」  (昭和50年鈴木真砂女

 

 だけど、あなたの後ろの暗がりにね

 さまよっている子どもがいるんだよ

 あなたが振り返るのを、

 じっと待っている子どもがいるんだよ

 ずっと、

 あなたが声をかけてくれるのを

 待っている子どもがいるんだよ。

 

浮気の代償①

 「羅(うすもの)や人悲します恋をして」  (昭和29年鈴木真砂女  

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 黄色の薔薇が咲き始めた。その花言葉は「嫉妬」。

 久しぶりに会ったS君は、やや元気がなさそうに見えた。いつも快活な男だ。彼は、テーブルに写真を並べた。

 「どう思います?」。

 一枚の写真は、誕生日ケーキを前に頬を男の方に傾け体を寄せ合って、微笑む女性の姿。その横には同じように女性の方に体を傾けて満足げににっこりする男の姿。

 それは仲の良い夫婦が妻の誕生日を祝う記念写真のようだった。

 しかし、幸せそうに微笑む女性はS君の奥様で、横にいる男性は奥様の妹の御主人だった。 

 私はその写真を観て、この二人はデキてるなと、直感的に思ったのだが、それはS君を前にとても言えなかった。

 「羅や細腰にして不逞なり」  (昭和31年鈴木真砂女

 「それで女房にこの写真のことを聞いてみました。

 彼女が言うには、彼には特別何の感情もなく、ケーキを買ってもらいお祝いしてくれたので記念に撮った。周りに人もいたし。

 でも、私の不注意だったかもと言うのです。」

 「しかし、どうやったらこんな親密な写真を撮ることが出来るんでしょうか。仮に私が女房の妹さんとツーショットの写真を撮っても、いくら親しいとは言えこんな寄り添った写真は撮りませんよ。」と、S君は無念そうに続けた。

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 「君は仕事があったので、奥さんの誕生祝いをすることが出来なかったと言うが、電話やメールでおめでとう位は伝えたのか?

 結婚前はどんなに忙しくても、時間を作ってお祝いしていただろう?」

 白粉花やをんなはときに二ごゝろ」 (昭和43年鈴木真砂女

 「奥さんを大事にしないと、他の男に持って行かれるぞ。君がいなくて、奥さんはきっと寂しかったんだよ。」 

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 S君を見送りながら散歩していると、空き地にシロツメクサが咲いていた。

 花言葉は一般的には「think of me(私を思って)」「幸せ、約束」だが、「復讐」という言葉もある。

 「白桃に人刺すごとく刃を入れて」 (昭和40年鈴木真砂女

 S君は、人を刺したいという衝動にかられただろうか。

 最初奥さんは、妹の夫という気安さから気の置けない友達のように付き合っていて、本当に恋心などなかったのかも知れない。

 しかし彼は、妹の夫というだけで血の繋がった兄弟という訳ではない。結局他人である。

 そこには越えてはならない一線、距離感があるはず。親しき中にも礼儀あり。

 他人がそれをわきまえずに家族や夫婦間で認められる「密接距離(※)」に入り込むと、恨みを買うことになる。

 

 

 (※)アメリカの文化人類学者ホールが用いた「ソーシャルディスタンス」、訳して「社会距離」。人と人が接触する時の距離の取り方を分類したもの。①密接距離は、0~45㌢程度で家族や恋人など最も親密な間柄でみられ、身体接触が可能な距離。②個体距離は、45㌢~120㌢程度で親友との立ち話で握手が出来る距離。③社会距離は、120㌢~360㌢程度で上司やビジネスの場での距離で手を伸ばしても相手に届かない。④公衆距離は、360㌢程度以上で講演会での話者と聴衆など公の場で取られる距離。以上4形態。この解説文は、2020年5月15日付産経新聞掲載清湖口敏氏執筆の記事「言葉のひと解きー社会的距離」より抜粋しました。   

久しぶりの休日は寝転んで

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 シクラメン人を恋ふ夜の眉蒼し」(昭和41年「夏帯」鈴木真砂女
 

 人手不足で仕事が忙しく、2週間休みなしで働いた。

 前期高齢者には、当初どうなることかと不安があったが、足腰の張りを覚えた程度で乗り切った。それでもようやくという感じであり、やはり1週間に2日は休みたい。

 軽い肉体労働であっても、疲れがたまると気持ちにゆとりがなくなる。焦る。これが事故の元になる。ちょっとしたことにイライラする。

 世の中には、イライラした人がたくさんいる。なかなか休めない人が多いのだろうか。不満の塊が歩いているようなものだが、他人に当たらないでもらいたいものだ。

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 家のベランダに置いたシクラメン(春の季語)の小さな花を見て、ホッと一息つく。 花言葉は、「憧れ」「内気」「はにかみ」。

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                            令和元年11月3日 紅の豚次郎拝