ジオサイト中木へ(5)
そうかー 真砂女さんはその人の襟足に惚れちゃったんだね。
卯波に来る長年の常連さんから「どうしてあんなつまらない男に惚れたんだ。」と口癖のように言われたそうだ。つまる、つまらないは私のみのことと返事していたようだが、確かに恋というものはそんなものかと思う…
私たちは、しばらくFTさんのお話しを伺っておいとました。FTさんの屈託のない話しに気持ちが和んだ。きっとまっすぐな生き方をされてきたのだろう。「いつまでもお元気で。」
「話すことなくとも愉し釣荵(つりしのぶ)」 (昭和30年 真砂女)
「誰よりもこの人が好き枯草に」 (昭和33年 真砂女)
こんなストレートな句を詠まれては、何も言えないではないですか。
でもなんでこんなに好き同士だったのに、一緒になれなかったのだろう。時代背景があっただろう。それぞれに複雑な事情もあったろう。
「罪」の意識がぬぐい切れなかったのか。しょせん他人にはわからない。
「罪障の深き寒紅濃かりけり」 (昭和26年 真砂女)
「よき妻ならずよき母ならず鳥雲に」 (昭和57年 真砂女)
「男はつらいよ」(昭和51年 寅次郎夕焼け小焼け第17作)の一場面を引用しておきたい。
「先日京都の個展であなたを描いた絵があったはずだが」
「はい、気がついておりました」…「静かだねぇ」「でもねぇ、あんまり静かなのも独り暮らしには寂しゅうて」「申し訳ない」「どないして」「ぼくには、あなたの人生に責任がある」「和夫さん、昔とちっとも変わらしまへんな、その言い方」「いや、しかし…ぼくは後悔してるんだ」
「じゃぁ、仮にですよ。あなたがもう一つの生き方をなさっていたら、ちっとも後悔してないと言い切れますか」
「わたし、この頃よく思うんです。人生に後悔はつきものではないかしらと。ああすりゃぁよかったなあという後悔と、どうしてあんなことをしてしまったんだろうという後悔と」
静かな中木の港