紅の豚次郎「真砂女」の俳句旅

俳人鈴木真砂女の「銀座に生きる」をたずねて

銀座の桜、銀座の柳(1)

   今年(平成30年)は桜の開花が早く、気が気でなかった。
 4月9日、やっと銀座の八重桜を観に行くことができた。
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 「銀座に生きる」に次のような話が書かれている。
 『店から歩いて一分、お稲荷さんの角を右に折れて三十メートルの所に高速道路があり、その両側に四十本の八重桜が植わっている。』
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 『この桜は今から十二年前、桜並木の片側にある酒屋さんの今は亡き御主人が寄附したものである。信州から出て来て、東京で酒屋として成功した記念に苗木を植えたものである。』
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 当初は染井吉野だったが、『車公害に弱くすぐ枯れてしまい、公害に割と強い八重桜に植え替えたそうである。』
 その酒屋さんを、私はずいぶん前に見たような気がするが、通りを往復してもやっぱりなかった。「今は昔」ということなのか。
 「散り残る花に銀座は灯ともしぬ」 (昭和63年頃)真砂女
 卯波の酒は、白鷹特級酒で、これは銀座三越裏通りの酒屋から仕入れていた。今もその酒屋があるかどうか。
 「わが店の酒は辛口夕時雨」 (平成元年)真砂女
 銀座の桜は何とか健在であった。
 次は銀座の柳である。
 『店の路地を出て、お稲荷さんを右手に行けば桜、左手に二十メートル行くと見事な柳の並木である。』と書かれた柳の通りは、最早ない。
 『かの有名な銀座の柳もここだけになってしまった。銀座の中央通りは柳の影すらない。』
 真砂女さんの時代から、銀座の柳は風前の何とかだったわけだ。
 ふと歩道脇にあった観光案内板を見ると、銀座八丁目に西条八十の柳の碑があることがわかった
 並木通りを歩く。
 銀座ママ出勤流れ星流れ星」 (平成元年)真砂女
 どんどん古いものは取り壊され、新しいものが出来ている。 
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