卯波引いた道(1)
朝の銀座4丁目バス停。
築地で買い出しを済ませた真砂女さんは、ここでバスを降り、いつものように店の方に歩いて行った。
松屋の前にさしかかる。
紙袋には烏賊が十杯。ところが水気と重さで紙が破け新鮮な烏賊が
「ゾロリ」と舗道にばら撒かれてしまった。
一瞬逃げ出したい気持ちになった真砂女さん。しかし気を取り直し、着物の汚れなど頓着せず、夢中になって烏賊を全部片づけた。
「秋風や烏賊十ぱいの重さ提げ」
意外に重たかった。
新鮮な烏賊刺しをお客さんに食べてもらいたいと思ったのだろう。
ビニール袋はなかったが、十杯くらい大丈夫と紙袋に入れた。
その日『卯波』で出された烏賊の糸づくりは、格別のうまさだったに違いない。
真砂女さんの女将魂をみる。
昭和49年(1974)の作。真砂女さん68才。
この年の1月真砂女さんは南太平洋へ旅している。南の海に、真砂女さんの華やかな笑顔が咲いたことだろう。
昭和48年の句 「花冷えや 烏賊のさしみの 糸づくり」